北稜堡の展望台へ着いたのは19時頃だっただろうか。
早く店を出たかったのは、ぐずぐずして大西洋に沈む夕陽を見逃す
などという事態になるのが嫌だったから、という理由もあった。
幸いなことに外はまだ明るく、陽は沈んでいなかった。
北稜堡の展望台には同じように大西洋に沈む夕陽を見ようとする人が
集まっていた。カモメの鳴き声が大西洋と妙にマッチしていた。
徐々に落ちていく陽と暗くなっていく空の色が少し寂しい。
お菓子売りのおじさんが歩いていたので2つ買った。代金は5DH、安い。
普段、太平洋から昇る朝陽を見ている俺が今は大西洋に沈む夕陽を見ている。
「沈む夕陽はどこかでは昇る朝陽」そんな言葉が頭に浮かんだ。
どうした事か、少しポエティになっている模様。
北稜堡の展望台で待つこと30分、日の入りを見届けた。
今回の旅の目的の一つを達成。この調子で最後まで順調に旅したい。
太陽が水平線に沈んだ後にすることは一つ。夕食を食べることだ。
楽しみにしていた魚料理。有名な港のレストラン『CHEZ SAM』で魚の
コース料理を頼んだ。85DHと200DHのコースがあったが、迷わず85DHのを
チョイス。それでも十分なご馳走だ。
海鮮サラダ、白身魚フリッターにパン、デザートのチョコレート
プリン。量が多いのでこれだけで十分満腹になる。
やはり一人客は俺だけなのだが、いつものことなので最早慣れている。
会計を済ませて外に出るとあたりは真っ暗になっていた。2時間近くいた
ので、時間を確認すると22時になっていた。ここで一つ注意しなければ
ならないこととして、サマータイムの問題があった。
今年のモロッコは6/1からサマータイム開始なのだ。つまり、今日5/31から
日付が変わると同時に時計を1時間進めなければならない。ちなみにモロッコ
ではサマータイム期間が固定ではないので注意が必要である。
今年に関しては、6/1(月)~8/21(金)なのだが、突然変わることもあるらしい。
そう言えば、マラケシュ行きのバスチケットを購入した時にも言われたっけ。
つまり、もう23時だと考えなければならない。ということでホテルへ戻って
寝る準備を開始。ふと、携帯電話とデジカメの充電をしようとしたところで
部屋のコンセントにプラグを挿したが充電されない。仕方がないのでフロント
へ行って充電をお願いした。フル充電には2時間必要だが、まだメモリも減って
いないので1時間も充電すれば大丈夫だろう。時計を失ってしまったせいで
携帯の充電にはかなり神経質になっていた。
充電をお願いしている間にシャワーを浴び、すっきりした。金曜日の夜に日本で
風呂に入り、土曜の夜に出発。今日は日曜の夜だが時差を考えると56時間ぶりの
シャワーであった。もっとも安宿を渡り歩くような旅をしていれば、1ヶ月や
2ヶ月シャワーのない生活、なんてものはザラだろうが。
再びフロントへ行き、携帯とデジカメバッテリーの回収。サマータイムについて
注意してくれたが、こちらは既に調査&準備済み。受付の時から感じていたが
なかなかフレンドリーで優しげな女性だ。振る舞いがどことなくキュートでもある。
モロッコはイスラム教の戒律が比較的緩い、と言われているのを思い出した。
チェーン系ホテルではないせいか“ゆるい感じ”が“昔の宿屋”風で気に入った。
http://www.essaouiranet.com/hotel/hotel-elfath/
部屋に戻ると、やるべきことはやったという充実感と長い一日の疲れですぐに
眠りに落ちた。
1 June, 2009
8:00ちょうどに目が覚めた。カーテンを開け、窓の外を見ると天気が荒れていた。
カーテンを開けると青い空と明るい日差しが差し込んでくるのを想像していた
だけに少々拍子抜けした。起きて軽く身だしなみを整えたり、バスに乗るので荷物を
整理したり(大きい荷物は預けることになるのですぐ使うものは小リュックへ)。
9:00になったので、フロントへ行くとちょうどスタッフの女性が宿を開ける準備を
していた。バックパックを背負った俺の姿を見て「朝食は?」と尋ねられる。
「バスの出発が9:30なんで、時間がないんだ。」と説明。
60ユーロを支払いチェックアウトを済ませ、ホテルを出た。
外はやはり曇り空で今にも降ってきそうな天気だった。
メディナを歩いて昨日のバス乗り場まで行こうとするが辿り着けない。
相変わらずの方向音痴ぶりを発揮してしまう。門を出てメディナの外に出たところに
いた人に尋ねてみると「あっちだよ」とのこと。少し歩くと「Supartour」の大きなバス
が停まっているではないか。どうやら門を出て反対側へ歩けばすぐ辿り着けたようだ。
事務所で受付を済ませ、荷物料金5DH分を支払う。荷物を預けてバスに乗り込む。
座席は綺麗だしシートは大きめなので快適。日本の長距離バスより良いと思う。
予定通り9:30に出発したバスは、1時間走った頃だろうか、カフェ兼土産物屋
らしき場所で休憩。カフェに併設されたトイレへ入ると、所謂イスラム式トイレ。
ホテルなどでは洋式トイレが設置されているが、公衆便所やカフェに洋式トイレを
設置するのは、コストがかかるということだろうか。
ちなみにイスラム式トイレは写真を見ての通り、紙で拭くのではなく、水で
洗い流すのである。個室に入ると、中央にポツンと便器が置いてある。屋根の
部分がない和式便所だ。壁にはトイレットペーパーホルダーの代わりに蛇口が
ついていて、下にバケツがある。つまり、用を足したら自分でバケツに水を汲み
自分の手で洗い流すのである。全手動ウォッシュレットとでも言おうか。
イスラム教では左手が“不浄”とされるのが実感として分かった瞬間だった。
もっとも、この時に利用したのは“小”だったので、水で洗い流すのは未だに
未経験なのであるが。また、念のため日本からトイレットペーパーを1ロール
持って来てもいた。
再びバスはマラケシュに向かって走り出した。バスから眺める景色はモロッコ
ならではのもの。荒涼とした大地が広がっている。マラケシュへ近づくにつれ、
風景は徐々に「街」へと近づいてゆく。日本から持参した小説はこのバスの旅の
間に読み終えてしまった。目的地のマラケシュが近づいてきた。
“青と白の町”エッサウィラに対してマラケシュは“赤の町”である。
実際に赤土のレンガ造りの家が並んでいるのだ。モロッコの面白い所は町が
一色で表せることだ。今回は行かないが、シャウエンは街全体が青色に塗られ
ていることがよく知られている。
いよいよマラケシュだ。今日は宿泊ホテル(リヤドと呼ばれる民家を改造した
民家タイプのホテルを予定)を探し、マラケシュを観光し、明日出発する砂漠
ツアーの申込みもしなければならない。気合を入れ直そう、そう思ったその時。
とんでもないことに気がついた。パスポートがない。首からぶら下げている
貴重品入れを何気なく触った時に気づいたのだ。何かの間違いであることを願って
中を開いて確かめるも、あるのはユーロ札と日本円札とクレジットカードのみ。
一体どこで・・・その瞬間突如として頭に浮かんだ光景があった。
昨日のエッサウィラでホテルにチェックインした際にパスポートを預けた。
チェックアウト時に返してもらうことを確認した。だが、今朝チェックアウト
した時に受け取った記憶がない。
返してもらうのを忘れたんだ・・・。
昨日、ホテル部屋に戻ってからベルベル出身の商人に負けた悔しさと時計をあげた
ことへの後悔で頭がいっぱいになっていて、パスポートの事をすっかり忘れていた。
己の迂闊さを呪った。なんて間抜けなことを。日程に余裕がなく、1日とて無駄に
できないスケジュールなのに。呆然としながら、旅の計画が崩れていくのを感じた。
そのような状態で、12:47俺の乗ったバスはマラケシュのターミナルへと到着した。
モロッコ幻想紀行【5】 ~赤の街を目指して~
2009年6月17日