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モロッコ幻想紀行【9】 ~心に自信が戻る瞬間(とき)~

モロッコを疾走するバスは、窓を少し開けると風が入ってきて心地良い。
ラルクアンシエルという音楽隊(?)がいるのだが、初期の曲で『風の行方』
というものがある。その曲のPVはここモロッコで撮影されたのだ。
砂漠の街を4人が旅するという設定。風に吹かれていると、ふとそんなことを思い出した。
1時間半くらい走り続けただろうか。
ドライバーの「フォト!」に応じて車を降りるツアーメンバー。
ここでフォトストップ、「ローズバレー」だ。しかし、薔薇は咲いていない。
6月初旬は薔薇が咲く時期ではない模様。
花を愛でる男としては、薔薇が咲く季節にもう一度訪れてみたい。
それにしても、外に出ると暑い。モロッコ南部はもう夏の日差しだ。
7月以降の砂漠は生命に関わる、というのもあながち嘘じゃなさそうだ。
「ヤッラ!ヤッラ!」の合図で再び走り出す。
また1時間ほどのドライブを楽しんでいるとバスが停まった。
「フォト!」
ダデス峡谷手前の見晴らしの良い谷間だ。
トルコのカッパドキアの奇岩の赤ちゃんバージョンみたいな岩が
連なっている。土っぽい景色だが、こういう剥き出しの自然が
感じられる景観は好き。そしてモロッコはそのような場所が多い。
宿泊地ダデス渓谷に到着したのは18時半前。
順にチェックインするよう言われたが、明日の朝食やら出発の時刻に
ついては何も言われなかった。宿泊したのは渓谷のロッジのような
ホテルで裏には川が流れている。部屋も想像したよりかなり綺麗で広い。
しかも俺は1人なので部屋を広々と使える。
改めて2泊3日、950DHでランチ代その他以外はコミコミというのは
結構おトクなのではないかと思う。自力で行くのは不可能な砂漠ツアーを
も含んでの額なのだし、時間に余裕のない旅行者にとっては効率的だ。
もう一つ、ホテルにチェックインして気が楽になった理由として
ようやく1人になれたことが挙げられる。同じ1人でも周りに気を遣い
続ける居心地の悪い1人と解放された感のある1人では意味合いが違う。
留学している人のブログを読んで印象に残っていたのが、様々な国からの
留学生が集まる中、最初は西洋人は西洋人で、東洋人は東洋人で固まる
傾向がある、というもの。日本人は韓国人や中国人と固まりがちであると。
これは今までの旅の経験からも納得できる。昨年のマルタ旅行でも
韓国人に話し掛けられることが多かった。やはり風貌が似ていると
親近感を持つのだろうか。あるいは近い文化圏ゆえか。
その意味でも、今回のツアーは見事なまでに(日本人はおろか)
東洋人も男も1人参加者もいない。かたや歳の近い若い女性達。
これじゃこうなるのは必然だよな。だから、いつまでも凹んでいても
仕方ないな。いや、勿体無い。せっかくモロッコに来たんだから。
そう考えることにした。そして、持ってきた『片思い(東野圭吾)』を
読んで気分転換することにした。小一時間ほど読んだ頃、睡魔に襲われた。
今日は精神的に疲れたし、ホテルの部屋に入って緊張が解けたのだろう、
眠くもなるさ。少し仮眠するか。電気を消してベッドに横たわるとすぐに
まどろみの世界へと落ちていった。
3 June, 2009
目が覚めた。携帯を見ると時間は5:15だった。
どうやらあのまま寝入ってしまったようだ。夕食、食べ損なっちゃったか。
というか、大丈夫だったかな。まー、大丈夫だよな、夕食くらい。
そして、この時間に出発ということもあるまい。寝過ごさなくて良かった。
昨夜、シャワーも浴びずに寝たのでまずはシャワー。
寝起きのシャワーは気持ち良い。
着替えた後は部屋を出てホテルの外を散策。暑いモロッコ南部も朝の空気は
爽やかだ。そして、天気も良い。今日はいよいよ念願の砂漠なので嬉しい。
雨量の少ない砂漠も曇る日は当然ある。だが、自分が訪れる日は晴れていて
欲しいものなのだ。さて、一旦部屋に戻るか。
他のツアーメンバーの部屋を見る限りまだみんな寝ているようだ。
朝食の時間も出発の時間も分からないのが不安で、他の部屋の動きには
注意を払っていた。知らない間に皆が出発していて取り残されでもしたら
笑えない。1人くらいなら、と放置されそうなのがモロッコクオリティだ。
6:30頃だっただろうか、誰かがノックしたので開けてみるとジュリアがいた。
「連絡事項を伝えるわ。7:00に朝食で7:30に出発よ。」
了解した旨を伝えると
「昨日の夜は何をしていたの?」
と質問。
「え、寝てただけだよ。」
素直にそう答えると返事もせずに行ってしまった。怒らせたのだろうか。
プログラムにも書いてある通り、やはり夕食があったんだ。
もしかしていなかったから大事になっていた?
7:00
時間になったので、上のフロアへ朝食を食べに行った。
フロントを見ると昨日チェックインした時もいたスタッフがいた。
俺を見かけると「あっ!」という顔をして手招きする。
寝ちゃって夕食を食べなかったことだろうなぁ・・・と思いつつ行ってみると
「昨夜、部屋へ呼びに行ったらいなかった。鍵もかかってた。何してたんだ?」
「疲れていたからか、ずっと寝てたんだ。」
「どこか行ってるのかと思って辺りを探したんだぞ。」
「・・・。申し訳ない。」
「ずっと寝てたのか?」
「そうだ。疲れてたからか寝てしまったんだ。」
「ふぅ。分かった。朝食を食べてきな。」
と、食堂を指差した。
どうやら、日本人が行方不明になったと皆の話題になっていたようだ。
食堂では既に何人かが食事を始めていた。彼女達が座っている
テーブルには空いている席がないので窓側のテーブルへ腰掛けた。
カナダ人夫婦と目が合ったので「おはよう」と挨拶。
朝食は、パン・チーズ・オレンジジュース・牛乳のビュッフェスタイル。
昨夜、何も食べなかったので当然ながらかなりの空腹。
パンは3つ食べたし、オレンジジュース(これがまた美味しい)も3杯飲んだ。
パンにはバターを塗ったり、ママレードを塗ったり、チーズをつけたり。
高カロリーだ。
ジュリアがやってきた。改めて挨拶。
「おはよう」
「おはよう、お腹空いてるでしょ?」
もう怒ってはいないようだね。
2人しか座っていないテーブルで無言で食事するのも、気まずいので話を振ってみる。
「モロッコには何しに来てるの?」
「休暇でね」
つまり、旅行である。
「ふーん。どれくらいの期間?」
「大体1ヶ月くらいかな。」
「俺は1週間だけなんだ。日本ではビジネスマンはなかなか休みが取れなくて。」
「1年の間に休みはどれくらいあるの?」
「1週間だけ。」
「1週間だけなの!?」
シンジラレナーイという顔をするジュリア。
「もちろん、土日は除いてね。」
勘違いされるといけないので、一応フォローする俺。
それでもヨーロッパと違ってバカンスはない。
正確に言ってしまえば、有休はある。有休を繋げて取れば2週間や3週間の旅行は
可能だろう。しかし、現実にそんな休暇の取得はまずムリなのが日本社会。
強引にそんなことをした日には帰ってきた時に席がなくてもおかしくない。
そこまで説明したかったが、英語で説明しきる自身がなかったので断念。
彼女との会話ではなるべく話し側に回るよう意識した。ネイティブの流暢な
英語を聞くより話す方が遥かに楽なのだ。
「モロッコを旅した友達がさ、砂漠は最高だったんで言っててさ、
それで俺もモロッコを旅しようと思ったんだ。もちろん、目的は砂漠さ。」
さらに続けた。
「今夜は砂漠で寝るのが楽しみだよ。」
うなづくジュリア。
一晩寝て気分はすっきりしていた。
フロントでスタッフに叱られたが、それほど気にならなかった。
むしろ、皆を心配させるスタンドプレー(意図したわけではなかったが)を
取ったことでなぜか自信を回復していた。
俺は何を萎縮していたんだ。アウェーだっていいじゃないか。
せっかくのモロッコ旅行だろ?楽しまなきゃ勿体無いぞ!
そうさ、日本人は規律正しくて従順な人間ばかりじゃない。
俺みたいなスタンドプレーが好きな者もいるのさ。
(この時の気持ち)
問題児、そうだ俺は問題児だっていい。俺らしく振る舞えば良いのさ!
(この時の気持ち)
みんな、開き直った異端児は強いぜ。失うものなんてないんだ。
恥かくことを恐れるより、俺はただモロッコの貴重な時間を楽しむ!
(この時の気持ち)
沸々と熱き魂が甦ってきた。そう、俺は俺でいいんだ。
そんな当たり前のことに気づいたツアー2日目の朝だった。
朝食を終えるとすぐに出発。
歯磨きだけして、荷物をまとめてフロントへ行くともうミニバスが
ホテルの前に停まっていた。昨日同様、大きな荷物を後ろに入れる。
気配を感じて振り返るとカナダ人の旦那さんがいた。
「おはよう!」
「おはよう。昨日の夜、どうしてたんだ?ワイフが心配してたよ。」
「あぁ、申し訳ない。実はずっと寝てたんだ。」
「寝てた?」
「そうなんだ。移動が多かったし、暑かったし、疲れて寝ちゃったんだ。」
ハハハと笑い、いびきをかいて寝ている様子をジェスチャーで表現する彼。
西洋人はやはりジェスチャーが多い。真似してみようかな。
彼はバックパックに加えてギターも荷台に入れていた。
「ギターやるんだ?」
「そう、俺の趣味さ。」
6週間の旅でギターを持ち歩くのは疲れないかな、と思ったが
旅先でギターを演奏する、っていうのも乙なものだ。そういう旅に憧れる。
こんな些細なやりとりすらも俺を元気にしてくれる。
一人旅の時はこんな会話が嬉しいものだ。
全員乗り込むと、バスは今日最初の目的地へ向かって走り出す。
揺れるバスの中で、俺は移り変わる風景を眺めていた。
(今日いよいよ砂漠だ。今回の旅の最大の目的地。)
その瞳には、まだ見ぬ土地へ期待する光が宿っていた。

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